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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)745号 判決

原告

三上栄

ほか二名

被告

株式会社多加良給食

ほか一名

主文

1  被告株式会社多加良給食は、原告三上栄に対し金五二万円、原告三上隆司、同三上雄二に対し各金三七万円、および右各金員に対する昭和四二年五月二〇日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らの被告株式会社多加良給食に対するその余の請求並びに被告金子政利に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用のうち、原告らと被告株式会社多加良給食との間に生じた分はこれを七分し、その六を原告らの、その一を右被告会社の負担とし、原告らと被告金子政利との間に生じた分は全部原告らの負担とする。

4  この判決の第一項は仮りに執行することができる。

5  被告会社において原告栄に対し金四〇万円、原告隆司、同雄二に対し各金二九万円の各担保を供するときは、それぞれ、右仮執行を免れることができる。

事実

(当事者の申立)

一、原告らの申立

被告らは各自、原告三上栄に対し金四〇〇万円、原告三上隆司、同三上雄二に対し各金三〇〇万円、および右各金員に対する昭和四二年五月二〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告らの申立

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

(原告らの請求原因)

一、本件事故の発生

とき 昭和四二年五月一八日午後二時四〇分頃(快晴)

ところ 大阪府茨木市大字馬場三三〇番地先

府道茨木・寝屋川線路上(アスフアルト舗装)

事故車 普通貨物自動車(大阪四さ三九九五号)

運転者 被告金子政利

被害者 訴外三上博

頭部外傷第三型、頭蓋底骨折により、事故の翌日(一九日)午前一時に死亡した。

二、本件事故の態様

毎時約三五ないし四〇キロメートルの速さで西進していた事故車が、足踏自転車で現場道路を東進していた被害者に接触し、同人をはね飛ばして転倒させた。

三、被告金子の過失

本件事故現場付近は、西から東へ下る坂道の下手にあたるところである。当時、右道路の中心線の標示は不明瞭であり、交通量も対向車が常時すれちがう程頻繁ではなく、道路の両側には、常時相当数の自動車が無秩序に置かれていた。被告金子は、事故車を運転して、道路の中心線を北側へ越え、ないしは中心線をまたいで前記速度のまま西進し、現場道路前方南側(進路左側)に駐車中のライトバンに気をとられて、(更にはカーブから出てくる子供に気をとられ)、前方注視の義務を怠り、道路北側を対抗して東進してきた被害者乗用の自転車を発見するのがおくれ、その結果、本来ならば自動車を運転する者としては、坂を下つて進行してきた自転車とすれちがう場合には、通常自転車が速度を増していることでもあり、又自転車の構造からしても、多少その進路を左右に振る可能性があることを予見し、危険を避けて早目にハンドルを左転把して、中心線より南側(進路左側)を進行すべきであつたのに、慢然と道路中央部分を進行し続けた過失により、事故車を被害自転車に接触させてこれを転倒せしめた。さらに被告金子には、右の他、被害自転車との接触をさけるために急ブレーキをかけるべき義務があつたのに、これを怠つた過失も存する。

四、責任原因

被告金子は、前項の過失により民法七〇九条に基き、被告会社は、本件事故車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことにより自賠法三条に基き、それぞれ原告らに対し、後記損害額を賠償する義務がある。

五、損害

イ  逸失利益 一、〇四五万五、三一六円

被害者三上博は、生前、塗装業に従事して、一ケ月平均七万六、一一三円を下らない純益を得ていた。その生活費は、一ケ月一万四、三三七円である(日本統計年鑑による東京都の一世帯あたり消費支出一ケ月五万九、二一一円を世帯平均人数四、一三人で除したもの)。同人は死亡当時四四歳であり、本件事故がなければ、この時よりなお二〇年間は稼働して前記収入を得ることが可能であつた。従つて、年五分の割合による中間利息を、年ごとホフマン方式で控除して、同人の逸失利益の現価を算出すると一、〇四五万五、三一六円となる。

算式(76,113-14,337)×12×14.1038=10,455,316円

ロ  慰籍料 総額 五五〇万円

原告栄は被害者の妻、同隆司、雄二は被害者の子であるところ、原告栄は肺結核を患い身体は病弱であり、又原告隆司、同雄二はそれぞれ一五歳、一三歳の児童であり、一家の大黒柱を失つた原告ら一家の悲しみは深く、生活の破綻と、今後の生活に対する不安は極めて大きい。又被告らは、当初完全な保障をする旨を約していたが、その後除々に前言をひるがえし、誠意をみせていない。その他諸般の事情から慰藉料として次の全額を請求する。

被害者博本人 三〇〇万円

原告栄 一五〇万円

原告隆司、雄二 各五〇万円

六、被害者の権利の相続

原告らの他に相続人はなく、原告らは前項記載の身分関係に基き、被害者の死亡によりその権利を各三分の一づつ相続した。

七、本訴における請求額

原告栄

逸失利益の相続分三四八万五、一〇五円、慰謝料の相続分一〇〇万円、及び固有の慰藉料一五〇万円の合計五九八万五、一〇五円の内金四〇〇万円。

右に対する被害者死亡の日の翌日である昭和四二年五月二〇日から、支払ずみに至るまでの、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金。

原告隆司、同雄二

同じく合計四九八万五、一〇五円の内金各三〇〇万円。前同旨の各遅延損害金。

(請求原因に対する被告らの答弁)

一、請求原因第一項(本件事故の発生)は認める。

二、同第二、三項(事故の態様及び被告金子の過失)のうち、西進中の事故車と東進中の被害者乗用の自転車が衝突したことは認めるが、その余は否認する。

後述のごとく、被告金子に過失はない。

三、同第四項(責任原因)中、被告会社が事故車の所有者であつたことは認めるが、その余は否認する。

四、同第五項(損害)中、被害者の年令、及び原告らとの身分関係は認めるが、その余は争う。

特に、被害者の収入額に関し、事故前の原告らの生活程度などからすると、その主張するような収入があつたとはとうてい考えられず、せいぜい月三万円ないし四万円程度のものに過ぎない。

五、同第六項(被害者の権利の相続)は認める。

(被告らの抗弁)

一、被告会社の運行支配喪失の抗弁

本件事故は、被告金子が、事故車にその友人の引越荷物を積んで運搬している時に生じたもので、被告会社の業務とは関係なく、その運行は被告会社の関知しないところである。

二、免責の抗弁

前項の主張が認められないとしても、左の事由により被告会社が運行供用者責任を問われるいわれはない。

イ  本件事故の態様及び、被告金子の無過失

本件道路は幅員六メートルの見通しのよい直線道路であり、道路中央には、センターラインが白く引かれていた。被告金子は、時速約三五キロの速度で、道路の南側(進路左側)部分を西進していたところ、事故現場の手前で、進路前方約五一・五メートルの地点に、道路の北側部分の中央付近を自転車に乗つて対向してくる被害者を発見した。しかしながら同人には、蛇行その他特に異常な走行状態も認められなかつたので、そのまま安全に接近、離合できるものと考えて進行したところ、両車が約二・五メートルの距離に接近した時、被害自転車が、突然何の合図もなく右折して、中央線をのりこえ、事故車の進路直前に進入してきた。そこで、被告金子は、急拠急停車の処置をとるとともに、ハンドルを左に転把したが、及ばず、事故車の右前部と、被害自転車の前輪が接触し、被害者は、自転車もろとも、その場に転倒した。なお、本件事故現場で、被害者が右折しようとした方向には、右折する道路は存在しない。又、事故の直前に事故車が完全に中央線の左側を進行していたことは事故車が、事故の直前、被害自転車に先行して対向してきた中型トラツクとすれちがつていることからも明らかである。なぜなら、本件道路は、その幅員よりして、離合せんとする車両が共に中央線の左側に譲り合はなければ、安全に離合できないからである。

本件事故の実情は以上のようなものであつて、対向してくる自転車が特に異常な走行を見せず、又付近に右折する道路もないところで、中央線で区分された道路の反対側を進行してくる対向自転車がそのまま道路反対側(進路左側)を進行し続けるものと信頼し、安全に自車と接近離合できるものと判断して道路左側を進行した被告金子の運転操作には、自動車運転者としての注意義務に欠けるところはなく、何らの過失も存在しない。又、被害自転車が右折するのを発見してからは、もはやいかなる措置を講じてもこれを避ける余地の存しなかつたことはいうまでもない。

ロ  被害者の過失

本件事故は、前項のごとく、対向してきた事故車とすれちがう直前に、突然右折して、中央線を越え、事故車の進路に侵入した被害者の一方的な過失により惹起されたものである。被害者が、何ゆえにこのような無謀な運転をなしたのか、極めて奇怪なところではあるが、当時被害者は、本件事故現場北側の酒屋に多額(一万八、〇〇〇円)の買掛債務を負担し、かねがねその支払いを催促されていたところ、事故直前に、被害者の進路左手の右酒屋から店主が姿を見せたためこれと顔を合わせないようあわてて方向転換しようとし、狼狽したのと、当時酒を飲んでいて判断力が正常でなかつたのとで、対向車のことなど考える余地もなく、中央線を越えて反対車線に進入したものと推測される。又、その際、被害者において、事故車が、一瞬被害者に先行していた前記中型トラツクの影になつたため、これに気付かなかつたということも考えられる。

ハ  事故車の無欠陥等

被告会社は、事故車の運行に関し、日頃から注意を怠らず、事故車に構造上の欠陥または機能の障害は無かつた。

三、過失相殺

仮に以上の主張が認められないとしても、前項ロのごとく、本件事故の発生について被害者にも重大な過失が認められるので、損害額の算定について考慮されるべきである。

四、損害の一部弁済

原告らに対し、本件事故による損害を填補するものとして、自賠責保険金一五〇万円が支払われ、原告らはこれを各五〇万円ずつ受領した。

(抗弁に対する原告らの答弁)

一、抗弁第一項(運行支配の喪失)のうち、前段の事実は認めるが、後段の事実は否認する。被告金子は、被告会社の使用人であつて、本件事故車の使用を許されており、又本件運行は同人がその部下の引越しを手伝つていたものであるから、被告会社がこの時その運行支配を有していたことは明らかである。

二、同第二項(免責の抗弁)の事実は否認する。

三、同第三項(過失相殺)の事実は否認する。

四、同第四項(一部弁済)の事実は認める。

〔証拠関係略〕

理由

(本件事故の発生)

本件交通事故の発生及び被害者三上博の死亡(請求原因第一項)については、当事者間に争いがない。

(被告会社の責任)

一、運行供用者責任について

1  被告会社が事故車を所有していたことは当事者間に争いがなく、他に特段の事由の存しない限り同社は事故車の保有者としてこれを運行の用に供していたものと推認されるところである。

2  〔証拠略〕を総合すれば、本件事故時の事故車の運転は、被告会社の従業員である被告金子において、同じく従業員であつた証人田中、同小浦浜両名の引越し荷物を運搬するためになされていたことが認められる。右事実からすると、この時、被告会社が、事故車に対する運行支配を喪失し、前記運行供用者としての地位を失つていたと認めることはとうていできない。よつて、被告会社は次項において判断する免責の抗弁が認められないかぎり、自賠法三条に基き、原告らに対し、後記損害を賠償する義務を負うものである。

二、免責の抗弁(抗弁第二項)について

1  〔証拠略〕を総合すると、本件事故の状況として、以下のごとき諸事実が認められ、〔証拠略〕中後記認定に抵触する部分は信用できず、他にこれを左右するに足る証拠はない。

イ 現場の状況 本件事故現場の道路は、幅員約六・五メートルのアスフアルト舗装で、中央部に、やや不鮮明ながらセンターラインの道路標示が存し、歩車道の区別はなく、直線で前方に対する見通しはよく、事故現場に向つてその西方からゆるい下り勾配になつており、日中車両の往来は頻繁であるが、事故当時は後記の三車両が走行していただけで、路面は乾燥しており、衝突地点の道路南側端附近にライトバンが一台駐車していた。

ロ 衝突までの状況 被告金子は、事故車を運転して、右道路の左側センターライン寄り(南側部分)を時速約三〇ないし三五キロの速度で西進し、本件衝突地点の六〇~七〇メートルないし一〇〇メートル手前で対向してきたトラツクとすれちがつた後、五〇ないし六〇メートル前方に右坂道を下つて、道路北側を中心線よりに東進してくる被害者乗用の足踏自転車を発見したが、別段異常な走行も示していなかつたので、そのまま約三十数メートル前進し、センターライン寄りに進出して来た被害自転車と衝突した。

ハ 衝突後の状況 被害者は道路センターライン上に、頭部を北方に、足部を南方にむけて跳ねとばされており、被害自転車も、ほぼ道路中央部分に倒れ、事故車はスキツドマークを留めることなく、衝突地点から約三メートル前進し、道路アスフアルト部分の左側端(南側端)にその左前部が達する状態で斜めに停止した。

ニ 車両の損傷 事故車はキヤブオーバー型(ボンネツトのない型)のライトバンで、前部フエンダー右ヘツドライト下に被害自転車との衝突痕が残されており、さらに右前ドアの前端部に直径約四〇センチ程の凹があり、右前バツクミラーも後方へ曲つていた。

被害自転車は、前輪リムが内側に「く」の字型に、おさえられたように凹み、チユーブがはみ出していた他、車体やハンドルに目立つたゆがみ等は認められなかつた。

そのほか、両車の衝突地点を示す物的な資料は存しなかつた。

2  ところで、被告らは、本件事故は被害自転車が事故車とすれちがう寸前に、急に右折してセンターラインを乗り越え、事故車の進路直前に飛び出した為に発生したものであり、被告金子において事故車の運行につき注意を怠つていないと主張するのでこの点について検討する。

被告金子本人尋問の結果のうち、右主張にそう部分、すなわち「事故車と被害自転車とが約二・五メートル程の距離に近づいた時、被害自転車が急に六五度位のカーブを切つて右折し、センターラインを乗り越えてくるのを発見したので急ブレーキをかけたが間にあわずこれに衝突した。しかし、この時には事故車は停車直前であり、衝突後約一メートル程前進したのみで停車した」との部分、および事故車の同乗者で、共に被告会社の従業員であつた証人田中、同小浦浜の証言のうち、右とほぼ同旨の部分、すなわち「被害自転車が事故車の直前三メートル程のところで急に九〇度の角度で右折し、センターラインを乗り越えてきた」との部分は、事故直後の実況見分の際における被告金子の警察官に対する指示説明の結果である実況見分調書(乙三号証)の内容とかなり相異するところであるのみならず右乙三号証をも含めて、自動車の速度と停止距離に関する経験則(運転者が一定の危険を覚知し急制動をかけたとした場合、多少の差異はあるにしてもブレーキが作動し始めるまでに、反射時間、踏替時間、踏込時間を含めて、通常〇・七秒から、〇・八秒を要するものであり、その間に時速三〇ないし三五キロの自動車は六ないし八メートル前進し、さらにブレーキが作動し制動力が増加する過渡時間を経て、最大ブレーキ力が働き、四輪がことごとくスキツドを始めたとしてもこの時からなお停車するまでには、本件のごとく乾燥したアスフアルト路面の場合でさらに約五ないし六・五メートルのスキツド距離を要することが明らかである。)とも矛盾しており採用し難いものといわなければならない。

右のほか、被告ら主張の、被害自転車が事故車の前面に突然進出したこと、その理由は被害者が前方北側の酒屋店主の姿に狼狽し、酒の酔もあつて、ハンドルを急に右に切つたためであるとの点については、被害者が飲酒していたことを除き、これを認めるに足る措信すべき証拠はない。なお〔証拠略〕によれば事故当時、被害者が飲酒していたことを認めることはできるけれども、〔証拠略〕によれば同人は平生から酒を飲んではペンキ職の仕事をするのを常としていたことが認められ、別段、この時にかぎり自転車の安定を保持し得ないほどに酩酊していたと認めるに足る信用すべき証拠も無い。見透しもよく、障害物も存しないのに、被害自転車が対向している事故車の直前で突然大きく右折してその進路上に進出したとの前記主張については、その不自然さを解消させてこれを首肯せしめるに足る資料の存しない限り、採用するに由ないものと言わざるを得ない。

3  他方、被告金子としては、前記1のイ、ロ認定のように本件衝突の相当以前から対向してくる被害自転車が道路中央よりに走行し、道路の左端を正しく進行していないことを発見しているのであるから、自動車の運転者として、十分その動静に注意を払いつつ、接近する義務があつたものである。被告金子本人尋問の結果に徴し、衝突地点の南側道路端に駐車中のライトバンに対する配慮ないし、道路左側から出て来る歩行者への配慮等から同人においてこの時かかる注意を十分につくしていたかに疑問が残るところ、本件全証拠をもつてしても、同人において前方、就中道路中央寄りに対向して来る被害自転車に対する注意を怠らなかつたとの心証を得るには至らない。

4  以上を要するに、本件証拠のうえからは、事故状況の詳細を、必ずしも十分には確定し難く、被告金子において、事故車の運行に関し、注意を怠らなかつたとのことにつき、十分な証明がなされたとは、認め難い。

従つて、被告会社のその余の主張について判断するまでもなく、右免責の抗弁は採用し難く、結局被告会社は事故車の運行供用者として原告らに対し後記損害を賠償する義務を負う。

(被告金子の責任)

前述のところから明らかなごとく、〔証拠略〕のうえからは、事故車がセンターラインを越えて道路中央部分を走行し、あるいは被告金子が前方の注視を怠り被害自転車の発見が遅れたとの事実を積極的に認めることはできず、他にこれを証するに足る証拠もない。また、本件事故現場にスキツドマークは残されていなかつたが、(前項二の1のハ)、これより直ちに急ブレーキをかけていないと断定することも不可能であり、その他被告金子の過失について、これを積極的に証明する証拠はない。

従つて、被告金子に対し、民法七〇九条に基き、その損害の賠償を求める原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(損害)

一、亡三上博の逸失利益

〔証拠略〕を総合すると、被害者三上博は、本件事故の一〇年程以前からペンキ職人として、三上塗装店の名前で塗装業に従事し、数人の建築業者などから塗装工事を請負い、あるいは職人として雇われ、平均すると一ケ月あたり六万円を下まわらない実収入を得ていたことを認めることができる。同人の生活費は、右収入額、家族構成、その生活態度などからして、収入額の三分の一を上まわらなかつたものと認められる。また事故当時満四四歳であり(争いない)、本件事故がなければ、なおこの時より一九年間はペンキ職人として就労可能であつて、その間右収入を得ることができたものと認められる。従つて、その逸失利益の、死亡当時における現価を、年ごとホフマン方式によつて年五分の割合による中間利息を控除して算出すると六二〇万円となる。(尚、右各認定は、その性質上極めて大まかな推論のうえになりたたざるを得ないことを考えると、算術的な計算の結果のうち、上二桁(一〇万円)未満の数値は、本件証拠に対する必然性、ないし有意性を持たないので、控え目な算定をするために、これを切捨てた。)

6万×(1-1/3)×12×13.1161=629万5728≒620万

二、慰藉料

原告栄が被害者の妻、原告隆司、同雄二がその子であることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、慰藉料に関する原告らの主張事実が認められ、その他の諸般の事情を考慮すると、各人の精神的損害に対する慰藉料として次の金額を相当と認める。

被害者博本人 一〇〇万円

原告栄 一〇〇万円

原告隆司、同雄二 各五〇万円

(過失相殺)

本件事故の態様について、証拠上認定しうることは、被告らの責任についての項で記述したとおりであり、その詳細は必ずしも確定し難いのであるが、本件事故が対面衝突事故であり、かつ事故車が急にセンターラインを越えたとも認められない以上、方向の転換が自動車に比して遙かに容易な自転車である被害者の側において前方を注目し、適切な運転をしておれば十分事故の発生を避け得たはずであり、被害者に前方不注視の過失があつたことは明らかである。さらに前掲の各証拠を総合すれば、被害者が、正しく道路左端を進行せず中央部よりに進行し、かつ衝突前になお中心線よりに寄つてゆき事故車と接触するに至つたこと及び飲酒のうえ自転車に乗車したことは、少くともこれを認めることができるから、この点でも被害者は重大な過失の責をまぬがれ得ない。その他諸般の事情を考慮すると、過失相殺として前項各損害の七割を減ずるのを相当と認める。

(被害者の権利の相続並びに損害の一部弁済等)

原告らが被害者博の損害賠償請求権(合計二一六万円=算式1)を各三分の一(七二万円)ずつ相続したこと、及び原告らに対して自賠責保険金として各五〇万円ずつの損害填補がなされていることは、共に当事者間に争いがなく、これらによれば、原告らはなお原告栄において五二万円(算式2)、原告隆司、同雄二において各三七万円(算式3)の各損害賠償請求権並びに、これらに対する被害者博死亡の後である昭和四二年五月二〇日から支払ずみに至るまでの民事法定利率年五分の割合による各遅延損害金の賠償請求権を有するものと認められる。

算式1 (620万円+100万円)(1-0.7)=216万円

算式2 72万円+100万円(1-0.7)-50万円=52万円

算式3 72万円+50万円(1-0.7)-50万円=37万円

(結論)

原告らの被告会社に対する請求は、前項の金額の限度で、これを認容し、その余の請求ならびに被告金子に対する請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行ならびに同免脱の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 本井巽 中村行雄 小田耕治)

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